[22/7] TVアニメ「22/7」は何故失敗したのか(未完)

こういう標題になってるけど,実際の所は

「OVA見たら作り手による放送分の反省点が大変よくわかる感じだった」

というのが書くきっかけでした.

そもそも「22/7」のアニメ酷い出来とは聞いてるけど何が良くないんだろう~というお話も整理してみたかったので,ついでにおさらいもして,それを踏まえて一昨日位に発売されたOVAの話もしよう,みたいな.

当ブログ利用者で22/7に関心がある人はどれくらいいるんだろうというのはさておいて,書くネタも無いのでこういう記事書いてお茶を濁していきたいと思っています.

※因みにこういう書き方は幼稚であまりしたくはないのですが,当方は22/7が嫌いというわけではありません.

アニメの概要


滝川みうの元に届いた、芸能事務所「G.I.P」からの怪しげな手紙。
運命に導かれるように集められたのは、みうを含め8人の少女たち。
「あなた方にはアイドルユニットとしてメジャーデビューしていただきます」
――合田と名乗る男に導かれ、目の前に現れたのは地下に存在する極秘施設と謎の“壁”。
みうたち8人は光と闇の渦巻く運命のステージへと歩き出す……。

22/7 TV Animation HP (https://227anime.com/story/?id=ep01)から引用


目的不明,正体不明,不可抗力な存在「壁」によって集められた8人の少女でアイドルを結成させるというもの.アニメ単品だけだとまあこの説明で事足りそう.デジタルアイドルコンテンツ「22/7」としての説明は割愛.

基本的にアニメ #1~#12 迄は8人のうちの1人にスポットを当て,対象の過去を振り返る形で掘り下げていくという形で物語が進行していき,それと並行して22/7というアイドルが世間に認められるまでを描かれています.

ここまでだと,まあ王道といえば王道なようなアイドルアニメ(?)...という感じでした.

 

早速だけど何故失敗したのか

個人的に大きな要因は以下の3つだと考えています.

  • 「声優」としての教育不足
  • キャラの掘り下げの雑さ
  • 極めて杜撰な物語

1つ目はアニメの抱える本質的な問題とは思っていないけど,アニメを構成する要素,作品序盤において視聴に大きく関わる要素だと思ったため.

以下,この3点について説明します.

 

「声優」としての演技の稚拙さ

滝川みう(CV:西条和)と斎藤ニコル(CV:川瀬詩)の演技が稚拙でした.

後者については以前のニコルの声優である花川芽衣がアニメ収録直前辺りで引退し,急遽代役として他の7人に比べて経験値が圧倒的に足りない川瀬詩を起用したため致し方ないのだが,前者は本編の主人公でセリフが多いこと,1~3話がほぼ彼女メインの話であったために放送初期から演技の稚拙さが目立つ形となってしまった.

加えて,後者も後者で滝川に突っかかるキャラだったし,演技下手な割に優秀なキャラという設定だったため演技の稚拙さが目立つ形に.

視聴を継続するかというところで大きく関わってくるポイントなので,これに関してはネットで書かれているように一番目立つ失敗理由なのかなあと思っています.

※該当声優の演技が稚拙であることの擁護目的ではないが,声優としての22/7について

デジタルアイドルコンテンツ「22/7」を知ってる人間ならある程度頷けるかもしれないが,実はそもそもこのアニメのキャスト8名(OVAで登場する3人も含む)は我々が思っているような「声優」ではない.

2.5次元アイドルだし,活動は2次元,3次元の分離を他のコンテンツより強調しているため,それじゃあ2次元アイドルもやってるわけだしじゃあ声優でしょ,という解釈は自然だし


「秋元康総合プロデュース、Sony MusicとANIPLEXがタッグを組んだアイドルプロジェクト22/7(ナナブンノニジュウニ)。日本を代表する有名クリエイターがてがけたキャラクターを演じる声優アイドルを募るオーディションで結成された。

22/7 HP (https://www.nanabunnonijyuuni.com/about)から引用


ともデカデカと書いてあるのでまあ声優ということになってるんだろうけども,実はこの8人は22/7 Animation 放映までは実はそこまで声優的な仕事をしていたわけではない.

それまでに声優の仕事と見なせるような仕事らしい仕事は「朗読劇」「あの日の彼女達(22/7 アニメのプロトアニメ)」「22/7 計算中(TOKYO MX 放映番組)」位しかない.

大体察しはつくと思うが,アニメ声優がやってそうな演技の練習が求められるような仕事をしていないわけである.

※因みにあの日だと丸山とかめちゃくちゃ演技下手なんだけど,本編ではかなりマシになってると思ってます.

 

キャラの掘り下げの雑さ

正直,ほとんどのキャラクターが掘り下げとしてやや微妙だが,話として出来ていないわけではないのと僕の主観による部分が多いので割愛.

しかしながら一部掘り下げ回として,話を仕上げるという意味では過去をやや強引にねじ込んだだけ(佐藤麗華,立川絢香)や,解釈が難しい,意味不明(丸山あかね)キャラが存在している.


佐藤麗華の場合:参考動画

概要:『リーダーは佐藤麗華』と突然”壁”から任命され、人一倍責任感の強い麗華はひとり思い悩む。そんな中、22/7は新たな指令で沖縄へ写真集の撮影に向かう。晴れ渡る沖縄の空の下、海辺ではしゃぐメンバーたちとは裏腹に、麗華の心はもやもやと曇ったまま。その矢先、麗華に渡された撮影用の衣裳は、なんとセクシーな水着。「清く正しく」がモットーの麗華は激しく抵抗するが……。

(参考動画から引用)

微妙な点:
過去の話の要点が麗華の清く正しくの由来が強調されているだけで,基本的に尺としてあまり意味を持っていないものとなっている.一方で現在の話では他のメンバーから「仕事だと割り切るしかないのに何故出来ない(絢香,ニコル)」「仕事だからと割り切ってみたら案外考え方が変わった(桜,みう)」と説得されたり,最後に丸山の謎のサイコロで「着ない」が出たにも拘らずとりあえず吹っ切れて着た,というやや共感しずらいというか,それで覚悟が決まったの?感がある.

※メンバーがそれぞれ形は違えど「要するにやりたくなくても仕事なんだからやれ」と説得に行くところは,滝川の話で強調されていたように「仕事=やりたくないこと」というテーマが一貫していていいなと思いました.


 


立川絢香の場合:参考動画

概要:ワンマンライブも成功し、結成一周年を前に順風満帆の22/7。そのご褒美として、“壁”からメンバーへ一泊二日の温泉旅行がプレゼントされる。老舗旅館での豪華料理や露天風呂、久々のバカンスを満喫するメンバーたち。そんな落ち着いた時間の中で絢香は、二人の姉と過ごした日々、そして、人付き合いを面倒だと思っていた『昔の自分』を思い出し……。

(参考動画から引用)

微妙な点:
先述の佐藤と同じパターンで,過去と現在とのつながりが弱い.一方でこちらは麗華と逆で過去の方は絢香がやや冷めた,一歩引いたような立ち位置にいるようになった理由が印象的で,麗華より掘り下げ的な意味では良いものの,現在の話の方で都とあかねがクソしょうもない理由で喧嘩するのを宥める,というやや話が突飛で割を食ってるような出来になっている.家族と22/7を同一視できるようになってきたみたいなことが汲み取れるけど,例によってこのキャラは1-7話内ではあんまり出しゃばってこないキャラだったし,そうなるに至ったようなところがこの話だけでは色々足りてなくて共感しずらかった.

その絢香が皆に影響を及ぼす以外の所では,アニメ後半ということもあって皆仲が良くなってきてるんだなあというのがわかるし,そういう関係になってきたからトランプで揉めたりという見方もできなくもないけど,トランプ如きでキレる都を見たくはなかった...


 


丸山あかねの場合:参考動画

大規模なワンマンライブが決まり、張り切る22/7。大舞台を前に喜びをあらわにするメンバーの中、いつも通り冷静沈着、ロボットのようなあかね。そんな彼女はなぜアイドルになろうと思ったのか?——あかねの胸の奥に封印されているのは、故郷・北海道の大自然の記憶。幼いあかねの身に起こった生き方すら変えてしまう程の「ある事件」だった。

(参考動画から引用)

微妙な点:
全体的に話の中に「いやそうはならんだろ」と設定上の矛盾点が多い,最後で解釈次第では台無しの描写がある.山で遭難して捜索隊でも見つけられなかったのに登山服とか来てすらない空手の母親があかねを見つけるのなんでやねんって死ぬほどモヤモヤするし,あかねに優しい父として寄り添えていたような気がする父親は父親で結局捜索隊のテントで項垂れてただけ(これに関しては父親が出しゃばっても仕方ないのはわかるけど母親と比べてなんか悪く見えてしまう...)とか見ていてただ胸糞悪いだけの話.その後あかねは母親を神格化し,メガネを付けてロボット化する.

まあ,創作だから救いが無さそうな話は辞めろとか言いたいわけじゃないけど,この過去話は現在のワンマンライブであかねがロボットとして涙を流すシーンと全くつながりが無いため,何で泣いたのかもいまいちよくわからんし,話としてはかなりお粗末だったかなという感じでした.

加えて最後

このシーンめちゃくちゃ嫌いなんですよね.ああいう壮大(?)な過去,過去の自分の性格で災いが起きたからロボット化したのにその過去の性格は捨てきってないんだ,とかなり萎えました.でまあ,捨てないにしても自分だけの時間でそういう性格で振舞うとかならよかったんですけど,ここではメガネを付けたから元に戻ったと言わんばかりの描写が見ていて大変イライラした.

意思とか信念無くただメガネ外してる時だけ人間なんだって言うのが非常にモヤモヤする,過去の一件はいったい何だったんだよ...

ちなみに,「22/7 音楽の時間」ではメインストーリーでメガネを付けていてもこの過去の性格が出ているところがあったので,自分1人の時,他人と干渉しない時,心の中では過去の性格が出てくるだけなのかと安心しました,いやまあそれでも自分1人の時だけに限っても結局過去の災いは丸山が1人で単独行動して起きたことだしで,うーんどう解釈すればいいの?という感じでした.

やはり人間は人間を辞めれないのかなあ,ロボットとして振舞ってもやはり涙が出てしまうので人間なんだ,みたいな解釈をしろというのならそれはそれで話の構成はやはり微妙ですよね.どう解釈しても弁護できないです.


書くのつかれたから今日はここまでね

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